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【読書感想】100万回生きたねこ(佐野洋子)

 

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

 

100万年も しなない ねこが いました。

100万回も しんで 100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

100万人の 人が そのねこを かわいがり

100万人の人が そのねこが しんだとき なきました。

 

 「100万」というのは、人を途方に暮れさせるのに十分すぎる数字だ。

 100万回腹筋しろと言われれば「鬼軍曹かよ!」と思うだろうし、100万かぞえるまでお風呂から上がっちゃだめと言われれば「虐待やん!」と思うだろう。

 それだけの、途方に暮れるような回数を生きたねこ、ただものではあるまい。表紙の尋常ならざる佇まいも、それを物語っているような気がする。

 

 日本を代表する絵本。

 わたしも幼い頃読んだ気がするけど、これは大人向けの絵本だ、と思った。

 

 100万人の飼い主が、そのねこがしぬたびに涙をながしたが、ねこはいちども泣かなかった。

 どの飼い主のことも、だいきらいだったのである。

 

 が、ある時だれのものでもない「のらねこ」として生まれ変わったねこは、愛するねこと出会う。

 「おれは 100万回も しんだんだぜ!」

 たくさんのねこから求愛されても、自分のことがいちばん好きだったねこ。

 唯一自分に見むきもしなかった白ねこに思いを寄せる。

 

 「そばに いても いいかい。」

 「ええ。」

 

 自分よりもだいすきな存在をみつけたねこ。

 でもだいすきな白ねこにも死が訪れる。

 ねこは100万回も泣いた。

 そして、うごかなくなり、二度と生きかえることはなかった。

 

 

 なぜ、ねこは、これを最後に生きかえることをやめた(生きかえらなかった)のか。

 白ねこのいない世界に生きかえることに希望を見出せなかったのかな。

 愛する存在に出会い、満ち足りたのかな。

 100万回泣いて、100万人の飼い主の哀しみを知り、100万人の愛に気づき、愛する存在をなくして哀しむ人を、もう見たくなかったのかな。

 

 唯一その感情が描かれていない白ねこ。

 どんな問いかけにも「ええ。」とそっけないけど、白ねこはねこのことを好きだったのかな。

 しぬことが、別れが、つらくなかったのかな。

 白ねこは、生まれかわるのかな。

 

 そして、「おれは 100万回も しんだんだぜ!」と自慢していたのに、なぜ題名は「100万回 “生きた” ねこ」なのか。

 「しんだ」哀しみよりも「生きた」喜びの大きさを描いたのかな。

 

 いろんなことを考えさせてくれました。

 

 

我が家のねこはこちら。

 

 

※「書評」ということばにすごく違和感を感じたので、「読書感想」に変更しました。何かを評して世界に発信するなどおこがましいことこのうえない。